Q.本編をご覧になっての感想はいかがでしたか?
ダビングの際に完成前本編を2回ほど観て、その後完成版を試写の時に観ましたが、ただただ圧倒されました。音楽映画というか、ちょっと珍しいですよね、『夜は短し歩けよ乙女』の時も思ったのですが、『犬王』の場合は徹底的にライブ感があるというか、本当に凄いと思いました。出演者の声や歌も含めて音楽がめまぐるしく、そして面白く表現されていて、「良く出来た」というと失礼ですが、完成までに時間がかかった理由がわかりました(笑)。
Q.本作に関してどういう点が凄いと思われましたか?
映像と音楽のバランスがうまくかみ合っていると思いました。細かいところで言うと、ウッドベース型琵琶が劇中に登場していましたが、あれは実は私が提供した資料写真が元になっているんです。今は残念ながら無くなってしまったんですが、筑前琵琶という流派では戦前の一時期、超大型琵琶や超小型琵琶があったんですね。それが劇中で使われていたので、「ちゃんと資料見てくれているな、凄いな」と思いました。
Q.これまでにアニメーション制作に携わった経験はありますか?
アニメーションは初めてです。無声映画の伴奏を長年やったり、実写作品で、現場での演奏(『ただひとたびの人』95/加藤哲監督)の他、俳優の奥田英二さんが琵琶法師役で出演されたオムニバス映画(『今昔伝奇 百物語』01/宮坂武志監督)に琵琶の音を提供したことはありました。ただ、その時は最初から制作にかかわるということではなく、ピンポイントでの参加でしたので、制作開始時からの参加は今回の『犬王』が初めてです。
Q.アヴちゃんの歌唱はいかがでしたか?
女王蜂のCDを買って聞いたりしたのですが、最初は能楽師の犬王役とアヴちゃんのイメージが結びつかなかったんです。しかし、制作を進めていくうちに声優も歌手も超えていくアヴちゃん自身のキャラクターがわかり、ぴったりだと思いました。アヴちゃんくらい振り切った魅力がある人がやらないとこの役柄は面白くないんだろうなと。そこに違う方向から支えている森山未來さんや声優の津田健次郎さんもいて、いろんな声のヴァリエイションが聞けるというのも、面白いポイントだと思います。
Q.森山さんの歌唱はいかがでしたか?
特に最初と最後の語りのシーンなんかは、本当に「琵琶法師」らしい歌唱でした。私は森山さんが出演されている映画『怒り』(16/李相日監督)が好きで、危険を孕んだ人物像も表現出来る方だと思っていました。そういう方が友魚を演じたらどうなるだろうと興味があったんです。そしたら案の定良い感じでした。参考として渡した私の録音の歌い方を咀嚼されていて、朴訥でストレートに投げているような歌唱で、キーの低さや声色も友魚とマッチしていると納得しました。上手い下手とかそういう話ではないと思っています。歌唱にその人のこれまでの積み重ねが出ていれば良いと思っていて、そういう意味でもアヴちゃんも森山さんも役にもあっていました。
Q.今作での琵琶の監修と演奏について具体的にどういった作業でしたか?
まずは琵琶の音が欲しいシーンのリクエストをもらい、劇中で使用する曲の選定をしました。ただ、昔と現代では琵琶の語り・演奏が全然違っていて、現代の琵琶では何10分にもなってしまう演奏もあります。なので最初の友魚の語りの部分では、まず森山さん演じる友魚の芸風を新しく作るところから始めました。そして自分の持ち札の中から節を決めて、森山さんと歌唱の練習。森山さんは琵琶の練習もやり、かなり上達されましたよ。
友魚の師匠、谷一のシーンについては、のちに斬新な演奏をやるようになる友魚の師匠なので、アグレッシヴでかっこいい感じを2分のシーンで伝えられるように考えました。
その次の厳島神社のシーンは、音を積み重ねて琵琶の"ウォール・オブ・サウンド(ジョージ・ハリスンなどのプロデューサーでも知られる、フィル・スペクターが実践していた"音の壁"という手法)"的にしたいという考えがあり、弟子さんと4人で多重録音してハモリをいれて制作。このシーンについては、室町時代に完成し現代まで伝わっている平家物語『覚一本』に「灌頂巻」という、いわば平家物語の総集編的パートがあり、その中で徳子が「皆が成仏しますように」と唱えるお経を使っています。時代背景として『覚一本』が出来る時期 (劇中にも出てくる)だったのでこっそり(笑)使ってみました。足利の法要のシーンの選曲は、今様の中に仏様をうたった有名な曲があって、そちらを選びました。それ以外は音楽の大友さんにお任せですね。
Q.後藤さんも大友さんもギターをやっていたということもあって、本作での共同作業は相性がよかったと感じます。
それはあるかもしれませんね。大友さんのことはずっと知っていたんですが、何故か今までお仕事でご一緒する機会がなかったんです。不思議なくらい近いところに私たちはいたと思います。大友さんも共演しているジャズミュージシャンの方たちと共演することも多かったのに、なぜか今まで出会わなかったんです。
Q.大友さんとのやりとりの中で印象的な出来事はありますか?
直接会ったことはなくても、大友さんがどういう音楽をやってきた方なのか知っていましたし、そこまで議論を交わすということはなかったです。現場では「言わなくてもわかっている」という感じでしたね。
Q.「大友バンド」の音に琵琶の音を重ねるという手法を取られたと伺いました。
琵琶の音を入れるシーンはほぼ決まっていて、譜面も一応あったんですが、映像を観つつ、先に録音された歌、大友バンドの音を聞きながらアドリブも交えてずっと演奏し続けてましたね。それを大友さんにお渡しして、編集で整えていただきました。何故琵琶の音は後から別録りにしたかというと、琵琶は音程が変わりやすいんですね。琵琶は、演奏中でも弦の張りの強さをなおしながら弾かないといけないくらい、どんどん張りが下がり、音程が狂ってしまいます。大友バンドの皆さんと一緒に収録するとなると、どうしても迷惑をかけてしまう。なので、琵琶の音は別録りにさせていただきました。
Q.森山未來さんに琵琶の演奏を教えた際の印象はいかがでしたか?
上達がすごく速かったです。2、3回目の練習時にはなんとなく弾けているくらいにはなっていました。琵琶をお貸ししていたので、ずっと弾いていらしたんじゃないかなと思います。すごくプロフェッショナルだなと思いましたし、勘がいいですね。もし練習を続けられていたら、すごい奏者になれると思いますよ。これからも練習を続けて、琵琶楽協会の演奏会に出演しないかと誘いたいくらいの才能です(笑)。琵琶監修で参加しているTVアニメ「平家物語」主演の悠木碧さんもそうですし、皆さん本当にプロフェッショナルで凄いなと思いました。
Q.湯浅監督からのオーダーで印象的なエピソードはありますか?
割と任せてくれる方で、難しいオーダーはなかったです。オファーをいただく前に、私が演奏している動画をYouTubeで見ていてくださったみたいで、劇中の演奏シーンに反映されている部分もところどころ見つけたりして(笑)。
Q.舞台が室町時代ですが、音楽は現代的ですね。制作の際に時代背景など気にされた点はありますか?
あまりないですね。もはや時代は関係なく、すべてを飛び越えてしまっているような作品ですし、むしろそれが良いと思いました。忠実に能楽との融合を図りましたというよりは、潔いと思いました。それに能楽の描写を忠実に再現することはすごく大変だと思います。舞台は室町時代なのに、音楽は現代的であることに戸惑いもありませんでした。『犬王』の場合は、背景となる室町時代当時の町の様子、風俗などはシッカリ考証して描かれていますから、音との鮮烈な対比も楽しめると思います。
.室町時代の琵琶の演奏は現代と全く違うのでしょうか?
全く違うと思います。今残っている、たとえば平曲よりも、華やかだったような気がしています。その時代の名残が今の平曲にも残っているとは思うのですが、今と昔では時間感覚が違うとはいえ、今ほどゆっくりな演奏のはずはないとは思います。ただ、資料があまり残っていないこともあって、よく分からない部分も多いですね。
あとは、演奏場所ですか。平曲の場合、一般大衆がいる場所から、幕府の法要や写経、お茶の会などへと演奏する場所が変わり、だんだんと環境音楽として演奏されることが多くなったのかなと思います。琵琶は中世、近世以降にできた流派がかなりの数にのぼりますし、もちろん弾き方から何からすべて大きく変わりますので、一概にこうだったと言うのは難しいのですが。
Q.劇中の「曲弾き」も実際にあったのでしょうか?
背面弾きですね。それは本当にありました。NHKのドキュメント『新日本紀行』の「鬼と琵琶法師~大分県国東半島~」(1971年、昭和46年)の中なんですが、これを見たときに我が意を得たりじゃないですが、「ほらやっぱあったじゃん!」と思いましたね(笑)。頭の上~背中で弾くとか、他に、ふすまの向こうで琵琶プラス最大8人分くらいのパーカッションなどの音が鳴っていて、開けてみたら1人だったという8人芸的なものはあったみたいです。
本作で描かれる琵琶をエレキギターのように演奏する手法は、さすがに史実ではないと思うんですが、この作品は教育映画ではないので、ありだと思います。もちろん史実に近いほうが良いと思う部分はありますが、そういうことにこだわると歴史モノの作品が作られにくくなりますよね。エンタメですし、とらえ方の問題なのかなと。
Q.犬王と友魚の生きざまについてどう思われますか?
犬王のように身体的なコンプレックスを抱えていても、芸でそれを克服していくのはまさに芸能者のイメージそのものだと思いますし、友魚の最期においてもその人の生き方、証になるんじゃないかなと。目が見えなくなった経緯も琵琶法師への過程において重要なエピソードですし、彼らの生き方は納得がいきますよね。すごく勇気づけられますし、自分もああいう風にポジティヴにやってみたいと思います。
踊りの描き方も凄かったです。音楽は大友さんも共演経験がある「渋さ知らズ」っぽさもありますし、テクノじゃないですけど、ニューヨークっぽいところもあってびっくりしました。
Q.琵琶監修の立場としてこの作品で注目してほしいポイントはどこですか?
やっぱり琵琶が出てくるシーンですね。特に厳島神社の法要のシーンはハモっているんですが、それこそ時代的に綺麗にハモるんじゃなくてちょっと音をずらしていたりして、そういった声の使い方は注目してほしいです。
あと森山さん演じる友魚の最初と最後の語りのシーンは、本当に素晴らしかったですね。特に最後の語りでは、単に綺麗に歌うだけじゃなくて、節回しに泣きや遺恨、切なさが入っているのは森山さんという役者ならではだと思いますし、すごく難しいことをやってのけられて驚きました。節と喋りの切り替えは難しくてテクニックが必要なんです。単なる歌唱ではなくて、重要なのは節回しなんですね。今はそれが出来ない人も多いんですが、森山さんは見事にやっていました。そういったところにも注目してほしいと思います。